わからない、変わらない

 詩壇はどこにある。詩誌の中に。買う、うむ、わからん。ああ、一
夜にして詩壇の寵児になることを夢見ていたのに。ネット詩の魅力は
その間口の広さだ。誰でも書ける。垂れ流しと言われる向きもあるが
僕は書き下ろしと言いたい。詩を何か一段高尚なものとして扱えばそ
れは普段使いの価値を下落させる。生きた言葉は市中にある。

 ジェネレーションハラスメントという言葉を見た。年輪という誰も
超えられないものを武器に取る姿勢。近頃は何でもハラスメントでハ
ラハラしてしまうのだが、してみるとジェネハラの元祖は孔子様では
ないか。そんなことは。

 テレビで政治家の顔を見る。お爺ちゃんばかりだ。これらお爺さん
は僕ら就職氷河期世代を大層ひどく扱った。これでもかとばかりに己
を無価値だと思わせた。地下に潜った僕らが培ったIT技術など、お
いしい所だけをつまみ食いはできない。

 紙媒体がどうなるのかはわからない。電子書籍にその座を譲るだろ
うか、かさばるし。ネット詩がどうなるのかもわからない。残ってい
かないだろうか、シャボン玉みたいに。しかし万葉の詠み人しらずの
歌にも似た魅力を感じている。詩誌がそれを鑑みないというのなら、
僕は詩壇を指弾する。うっ、意外に流動的なんじゃないかな。

 才能が何かわからないと言っている子がいた。僕にもわからないが、
ただ昔からきれいな物を集めるのが好きだった。ハワイの海辺の小石
やエジプト風ネックレスなどを持っている。誰にあげるあてもなく。
詩もその一環で、壮大ではないけれど可愛い小物みたいに本棚にあっ
たら。そんな愛らしさを前には権威など吹き飛べ。

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